2004/11/07、総武線沿線散歩番外編2(幕張旧跡一人散策)


@宝幢寺
今日は、先月にも訪れた幕張の首塚に一人で行こうと思い立ち、ついでに他の幕張の神社仏閣も ここは見物することにしました。まずはいつも電車から見える宝幢寺です。立派でした(15:21)



A浅間大神
前は暗くなっていて登らなかった神社です。建物もなく荒れ果てていて廃社のようです。後で わかりましたが、他の神社も全部似たようなものでした(15:25)

B道祖神社
この神社は前にも来たのですが、ここも社殿はなく、なんか不思議なところです。 ここの名前も後藤明生の『首塚の上のアドバルーン』に少し出ています(15:31)

C馬加康胤の首塚
さて、『首塚の上のアドバルーン』にもある首塚です。今回は小説を再読したので、 もう一度訪れてみようと思って来てみました。書いてある文字を大きく撮ってみましたが、 やはり小説にあるのとまったく同じでした。ただ、小説にある、木に彫ってあるという 兵隊(予科練)に召集された人が書いたという文字とB29の絵は見つかりませんでした。 これは後藤明生の想像か、それとも小説が書かれてから18年近くたつうちになくなって しまったのか、はたまた単に見つからなかっただけなのかわかりません。 家に帰ってから小説を読み直したところ、この木は探していた場所とは少し違うところに あったようなので、単に見つけられなかっただけかもしれません。また行って探して みようと思います(15:34)

D大日堂跡
首塚下の大日堂跡付近です。2つ目の写真はのお地蔵様は、家に帰ってから調べたところ、 風邪治し地蔵尊だそうで、今風邪っぴきの私にはぴったりかもしれません。 ここには平成13年3月まで大日堂というものがあったらしく(下の@のリンク参照)、 つぶれる前に行くべきだったと後悔しています(15:42)

E金比羅神社
やっぱりここも廃社のようでした。立派な灯籠や狛犬はいるというのに、なにも 社殿らしいものはないのです。幕張の人たちは神社に興味がないのでしょうか? 今年に建て替えたという子守神社(前回参照)以外はすべて廃れていますね(15:48)

a.金比羅神社のすぐ近くにある墓です。ここもわりと荒れていました。 どこの寺の墓かもわかりませんでした(15:56)

b.旧街道沿いを歩いていたら通りの向いにおもしろい看板が2つ並んでいました。 歌って踊れる「パティーハウス」と「とことこ整骨院」です(16:00)

c.このあと、近くの地域の図書館へ行き、大正時代に書かれた幕張の歴史 (複写)を見つけ、このページだけコピーしてもらいました。 左側のスケッチにある言葉はなんかずいぶん間違っているような気がします (上の写真とくらべてみてください)(16:30)


首塚、並びに幕張近辺の詳しいページです↓

@幕張歴史散歩−地図もあってとても詳しいページです
 http://www2u.biglobe.ne.jp/~nakanisi/rekisi.html
A大須賀山・堂ノ山−首塚のある大須賀山に限ったページです
 http://chiba.fc2web.com/hamadagawa/kubiduka.html
B後藤明生−後藤明生の文庫ページです
 http://www5.kannet.ne.jp/~saono/bunko5.htm


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